FC2ブログ
日刊H.T Season 2
のんびり、まったり、更新
三沢光晴からの遺言

 内藤哲也に負けIWGPインターコンチ王座を奪われた飯伏幸太が意味深ツイートをしてます。「色々な面で彼には全く興味がなくなってしまった…なんとなくみんな(選手)の言っていた事がわかりました。」(ツイッター)。何がダメだったんだろう・・・危険なジャーマン!?決着後の頭踏み付け!?今後の2人(関連記事)が余計に気になったりします。 
 LINEニュースに「命を絶つことも考えた選手に届いた"ミサワの遺言"とは 没後10年、三沢光晴(関連記事)が遺した物」という記事があって、とても興味深かった。三沢が亡くなる直前にリングで言った言葉や、斎藤への遺言が存在したこと。三沢は亡くなるずっと前から覚悟を持って戦ってたんだなと。一部続きからです。









■三沢「試合を止めろ」
【三沢光晴さんは、立ってこなかった。身動きひとつとらなかった。普通ならフォールにいく齋藤の動きを未然に制し、レフェリーが慌てて駆け寄る。「試合を止めろ」と小さく告げたのを最後に、三沢さんは呼び掛けに反応すらしなくなった。2009年6月13日、広島県立総合体育館。熱戦に沸いていた会場が、シンと静まり返った。】


■三沢「つらいかもしれないがプロレスを続けて」

【事故の2年前、三沢さんは親しい友人に「もしも俺がリングの上で死ぬことがあったら、その時の相手に伝えてほしい」とメッセージを託していた。
――きっとお前は俺のことを信頼して、全力で技をかけてくれたのだと思う。
――それに俺は応えることができなかった。信頼を裏切る形になった。本当に申し訳ない。
託されたメッセージが書かれた便箋には、水がにじんだような跡が、無数についていた。試合後の汗だろうか。それとも、涙だろうか。齋藤は無言で、紙をめくる。
――それでも、お前にはプロレスを続けてほしい。
――つらいかもしれないが、絶対に続けてほしい。
「三沢さんは、最後の対戦相手が自分のような苦しみに苛まれることを予見して、メッセージを残してくれていたんです。その思いには、応えないといけない。奮い立たされました」】
  ※「LINEニュース」より






 三沢の最後の相手となってしまった斎藤へ遺言が・・・・ってどういうことなんだって思いましたが、亡くなる前から死を覚悟して書いてたんですね。それほど身体は良くなった事を自覚していたのかも。それでもリングに立ち続けた三沢、責任感だったりプロレス愛だったり色々な気持ちがあるんでしょうね。
 自分は地元近くに全日本プロレスがよく来たので学生時代によく観戦してました。時が経てば経つほど貴重な空間だったなと思えます。ではでは。
スポンサーサイト



テーマ:プロレス - ジャンル:スポーツ

コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://hidehide7755.blog27.fc2.com/tb.php/5089-6e23797e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

TW



★★おすすめ★★







最新コメント



お世話になっているブログ



カテゴリなど



RSSフィード



ありがとうございます!