日刊H.T Season 2
のんびり、まったり、更新
齋藤彰俊ブレイクでショックを受けていた男

 スポーツナビに内藤哲也(関連記事)のインタビューがアップされてます。明日の両国大会でお披露目となるであろうパートナーは誰なのか。内藤いわく「いま何人か欠場中だったり、最近フリーになった選手がいたり、ソンブラが来るんじゃないかとか、誰々が寝返るんじゃないかとか、いろんな予想ができる訳ですよね。でもこれってプロレスファンにとってすごく楽しい時間じゃないですか。その時間を与えているのは誰ですかと。みんな俺に感謝してくれよと。」。確かに予想が楽しいわ(笑)。感謝します(笑)。 
 寒くなりましたねえ。暖房つけちゃった。暖まりつつある部屋の中で「KAMINOGE」読んでます。ミスター・デンジャーこと松永光弘が出てます。自分の中の印象をいうとステーキ屋とW★INGと誠心会館かな。新日本と誠心会館が抗争(関連記事)を始めたときは、誠心会館にプロレスとの経験豊富な松永がいなかったので疑問に思ったものです。その理由が本人の口から語られてました。齋藤彰俊はこの抗争でブレイクし、今があると言っても良いでしょう。注目を集め始める人間がいると、その裏では悔しがる人間もいると。続きからです。













■誠心会館として新日本参戦を拒否
松永「自分も誠心会館として新日と抗争する話があったんですけど『意地でも新日本には戻らない』って言って、第2次W★INGとなる、W★IHGプロモーションに残るんですよ。・・・(略)・・・(前回の新日本参戦時)扱いがひどかったんですよね。・・・(略)『あんなとこ絶対に上がらねえ』って。青柳館長からは『何がW★INGだおまえ、新日の方がいいに決まってるだろ!』って言われたけど、自分は『W★INGで名前上げる』って、館長とケンカ別れして」

■齋藤彰俊の週プロ表紙にショック
松永「そうこうしているうちに新日vs誠心会館の抗争がスタートして『斎藤vs小林邦明がすっごい試合だったらしいよ』って茨城(当時W★ING代表)から聞くんですよ。・・・(略)それで週プロの発売日、本屋に行くときに異様な胸騒ぎがして。週プロを手に取ってみたら
齋藤彰俊が表紙になってる。もう凄いショックでしたね。震えるくらいにショックで。『俺もやってやる!』って気持ちを奮い立たせたけど、どうしていいかわからなくて」

  ※『KAMINOGE vol.46」より







 これは複雑だったでしょうね。焦り、悔しさ、祝福したい気持ち・・・・齋藤と松永は高校からの付き合いみたいですし、友、ライバルが一気に出世しちゃったみたいな。突然の週プロ表紙ですもんね。しかも、自ら拒んだ新日本参戦ですからね。いろいろなこと考えたでしょうね。もし新日本参戦を拒否してなかったら松永が表紙だったかもしれないし。 当時、自分はこの抗争を凄く興奮してみてましたけど、その裏ではいろいろな人間ドラマがあるんだなと思いましたね。
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テーマ:プロレス - ジャンル:スポーツ

コメント
大田区体育館
高校時代、生で観戦しました!
あの時の週プロは保存版として大切にしてます
彰俊はその後、小原、越中に勝利。
田尻&来原とのタッグで負け。
両国での決着戦も生観戦しました。
私の青春の一戦でした!

[2015/10/11 16:30] URL | か #- [ 編集 ]


小林邦昭戦が1992年の1月
週プロの拍子に齋藤彰俊が掲載された直後の2月の後楽園ホールで松永光弘が伝説のバルコニーダイブを披露
ミスターデンジャーの異名をほしいままにするわけで、プロレスには功名心と反骨心とジェラシーが化学反応を起こすことで歴史が生まれるってことですね
今では葛西純や飯伏幸太をはじめインディ系を中心に高いところからのダイブもしばしば見受けられるようですが、23年前も前のこと、これ以前では1990年のブル中野の金網ギロチンが唯一、考えられないところからのダイブだったので、当時のファンは衝撃を受けたでしょうね
[2015/10/11 21:02] URL | ミソミソ #- [ 編集 ]


かさん。こんばんは!彰俊vs小林を観戦されたんですね。凄く貴重な経験ですね。うらやましいです!自分も高校時代に何度か観戦しましたが、どれも記憶に刻まれ良い思い出となっています。来原選手が懐かしい!再試合かなにかで急遽リングに上がり頑張ってたのが記憶に残ってます。本当にリアルタイムで見れて良かったなと思える抗争でした。
[2015/10/12 18:28] URL | H.T #- [ 編集 ]


斎藤選手もW★ING初期に格闘三兄弟として活躍してたけど直ぐ離脱して新日本との抗争に成るわけだが。
逆に松永さんはW★INGに入って、それこそデスマッチに明け暮れ、ネイルデスマッチやらファイヤーデスマッチやら。FMWに大日本と空手とは関係ないデスマッチ人生ですわ。そりゃあ突然、嘗ての同僚がプロレス雑誌の表紙を飾るとはびっくりするわな。

そういえば、96年の1.4東京ドームで新日本vs大日本のカードの一つにムタvs松永というのが有りましたなあ。しかし松永さんが断って宙に浮いたのを健介さんがパワー・ウォリアーとしてペイントレスラー対決が実現したけどね。
松永さんとしては意地でも新日本のリングに上がりたく無かったのかな?。
[2015/10/12 20:22] URL | スライディングD #- [ 編集 ]


ミソミソさん。こんばんは!バルコニーダイブの件も話題にあがってました。本当はアイスマンがする予定だったらしいんですけど、急に飛べないと言い始めて(笑)、松永が引き受けたのだとか。当時としては無茶なダイブですよね。それを「やってやる!」って気持ちになったのは齋藤の成功が影響しているのかもですね。雑誌にも大きく取り上げられていたような記憶があります。インパクトありましたね。あれ見た目以上に実際に飛ぶとなると怖いですよね。松永の勇気に拍手です。
[2015/10/12 21:48] URL | H.T #- [ 編集 ]


スライディングDさん。こんばんは!格闘3兄弟懐かしいですね。言われるようにデスマッチのイメージが強いですね。齋藤とスタートはほぼ同じだったはずなのに時を得てカラーって変わるものですよね。

96年ですか。その後も新日本に上がるチャンスがあったんですね。おそらく意地でしょうね。一度参戦したときに新日本の扱いが悪くて相当苦労してようですから。でも、もし心を切り替えて参戦してたらどうなってたんでしょうね。なんだか気になりますね。
[2015/10/12 22:01] URL | H.T #- [ 編集 ]


間違えました。97年でした。96年は高田さんとのIWGP選手権でしたね。
[2015/10/25 14:06] URL | スライディングD #- [ 編集 ]


スライディングDさん。こんばんは!いえいえ。高田とのIWGP思い出しますねえ。良い時期だったなあ。
[2015/10/29 22:17] URL | H.T #- [ 編集 ]


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