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日刊H.T Season 2
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アントニオ猪木vsモハメド・アリ特集を見た その④【その後・・・】
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 歴史に残る名勝負!・・ですよね笑。これまでTV朝日50周年で放送されたアントニオ猪木vsモハメド・アリ特集を元にして3回に渡ってアップしてきました。

『アントニオ猪木vsモハメド・アリ特集を見た その①【猪木の挑戦状】』
『アントニオ猪木vsモハメド・アリ特集を見た その②【こじれるルール】』
『アントニオ猪木vsモハメド・アリ特集を見た その③【世紀の大凡戦】』

今日は最後として試合後に生まれた絆と試合の裏話などをアップしていきます。続きからです。









★死闘の代償
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■右足の血栓症
(写真左)はアリの試合後、日本のホテルで撮られた写真です。右足グルグル巻きですねえ。猪木に蹴られ続けた右足は血栓症を起こす重症。3ヶ月後のボクシング世界タイトルマッチをキャンセルすることになります。

■右足のはく離骨折
(写真右)は猪木の試合後、控え室での写真です。アリを蹴り続けた猪木の右足は、右足甲のはく離骨折。壮絶な死闘を物語ってますね。




★死闘が生んだ絆

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■自らのテーマ曲を猪木に贈る
試合前、そして試合とぶつかり合った両者には深い絆が生まれたようです。アリは自身のテーマ曲「アリ・ボンバイエ」を猪木に贈ります。それが誰もが知っている現在の猪木のテーマ曲「猪木ボンバイエ」になるわけですね(写真左)!良い話だ。

■重病を抱えながらも猪木の為に来日
晩年、アリは筋肉がしだいに萎縮していく原因不明の重病「パーキンソン病」に侵されますが、1996年の猪木引退試合に来日。新日本プロレスのリングに上がり手を震わせながらも猪木に花束を贈呈します(写真右)。とても感動的な場面でした。特にアリがニコっと微笑する場面が。闘ったものしかわからない絆って言いますけど、それ本当にあるんだなと思いました!その他には、猪木が計画した新日本プロレスの北朝鮮興業にもかけつけ協力していましたね(関連記事)!






                                                               





★アリの本音
■アリ「猪木とはエキシビションマッチをするつもりだった」
TV朝日の特集で放送されたものですね。放送ではアリが側近に本音を漏らす肉声テープが流されていました。これによるとアリは猪木との試合を人々を楽しませる試合「エキシビションマッチ」と認識していたようです。が来日してみると、猪木が本気だったと。
アリ「僕が闘いたいのはエキシビションマッチだ。僕は猪木を全力で殴るつもりはない」

■アリ「(試合の)リハーサルはいつやるんだ?」
来日して、何かがおかしいと思ったんでしょうか。アリは猪木の通訳ケン田島に質問します。猪木の考えを知っている田島氏は、真実をアリに告げます。
アリ「(試合の)リハーサルはいつやるんだ?」
田島「(試合の)リハーサルなんかないよ」
アリ「だって、エキシビションじゃないのか!?」
 →こんな事実があったとなると、試合前のアリの取り乱しもわかるような気もしますね。又、これを公表したTV朝日の勇気も感じました。これ決めごとのある試合が存在することを報道していることになりますよね。時代も変わったもんだ。





★アリ陣営の用務を担当していたミスター高橋のコメント

■判定の詳細
高橋「ジャッジはプロレス側の遠藤さん(元日本プロレス所属)がアリの勝ち、ボクシング側の遠山さん(日本ボクシング協会公認レフェリー)が猪木の勝ち、そして試合のレフェリーであるジン・ラーベルが引き分けと裁定を下した・・・・どうやら遠藤さんは命の危険を感じていたようだ。実際、アリ陣営が拳銃を隠し持っていたことは事実なようなので。とても猪木さんの肩を持つことはできなかったらしい。と当時想像していた」
 →まあ想像しただけみたいですけど笑。確かにプロレス側がアリ勝利、ボクシング側が猪木勝利の判定をだしたことは興味深い。どう見ても猪木の勝ちに見えるけどなあ。そう考えるとミスター高橋の想像は当たってるかもね笑。

■グローブのシリコン疑惑
高橋「アリの用務を担当していた私は、ずっと近くにいた。しかし、控え室でアリがグローブをつける際には、側近から退出を命じられてしまった」
 →結論はわからないってとこなんでしょうが笑。退出を命じられたということは、見られてはいけない行為をしていたということか。





★自伝からの猪木コメント
■寝て闘った理由
猪木「昔から柔道vsボクシングの闘いが行われてきたことはご存じだろうか・・・・柔道家たちは対策を必死で考えた。拳に対して何が有効か?ボクシングと打ち合って勝てるわけがない。腕よりも長いもの・・・それは足だ。絶対パンチを食わず闘う方法は寝ることだけなのだ。寝た状態で足を飛ばす。わかる人にはわかる戦法だったのである。アメリカにはそういう発想がないから、アリは意表をつかれたと思う」
猪木「冷静に考えて、もし立って蹴ることができても、きっと当たらなかったと思う」

 →これが本音ですか笑。めちゃめちゃ作戦立ててるって!本能って!笑

■ショックだったアリの発言
猪木「(試合後の)アリの一言がこたえた。『あの試合はお遊びだったんだよ』・・・私には全力で闘った自負があった。闘ったものとしてアリと気持ちが通じあえたと思っていた。それが『お遊び』と切り捨てられたのだ。・・・その悔しさとアリへの恨みは長いあいだダメージとして残った」
猪木「ある時思った。アリを3ラウンドで捕まえられると思っていたのに捕まえられなかった。あれだけ蹴ったのにアリは最後まで立っていた。私が捕まえられなかったのではなくアリが捕まえさせなかったのだ。私も怖かったがアリも怖かっただろう。それでもアリは挑発し続け最後まで闘ったのだ・・・怨念で波立っていた心がすっと静まっていくように感じた。ようやくアリを受け入れることができたのである」

 →精神的ダメージを自分自身で解決し、アリとの深い絆があるんですね。

■アリと試合をしようと思った訳
猪木「力道山時代と違ってプロレスの強さを信じてくれる人は少なくなっていた。ボクシングであれば大新聞が記事にする。しかし、プロレスは絶対に取り上げられない。どんなに人気があっても、私たちは世間からさげすまされているのだ。私は苛立ちを感じていた」
猪木「アリの『ボクシングこそ史上最強の格闘技だ』という台詞にカチンときていたというのもある」
 →やはり猪木の目的はプロレスを一般的に認知させることだね。素晴らしい!






 猪木とアリの共通点は、自分がやっている格闘技を他の格闘技と常に比べていることかな。プロレスならプロレス内だけではなくボクシングならボクシング内だけでなく。違う格闘技をやる共通点を持った人間がぶつかった歴史なのかもね。試合前、試合、試合後、すべて歴史に残る名勝負だろう。
 ※画像、コメントはTV朝日50周年、猪木vsアリ特集、アントニオ猪木自伝、流血の魔術・最強の演技より引用
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テーマ:プロレス - ジャンル:スポーツ

コメント

当初、猪木とアリが挑発し合ってたのは演出…という事なんですかね?
アリはプロレスの試合をすると思ってたのでしょうか。
だとすれば急なルール変更も頷けますけど。

そういえば投げは禁止されてましたが、猪木の組み付いたのはありなんですかね?
バランスを崩させてアリが自ら倒れるようにするのはOKなのか(笑)

猪木のキックは本能じゃないですね(笑)
うっかりボロを出しても笑って許される辺りは猪木の人柄でしょうか。


猪木はプロレスを認知させるにはプロレスで魅せるだけじゃ無理だって事にいち早く気付いてたんですね。
今のプロレスラー全員にMMAをやれとは言いませんけど、猪木の行動力を見習って欲しいですね!
少なくともプロレスを最強と謳うなら。
[2009/02/18 11:33] URL | ヤンバルクイナ #- [ 編集 ]


こんばんは!

猪木vsアリのレポート、めちゃくちゃ熱がはいってますね!!

30年以上も前の試合なのに、これだけ語れるって本当にすさまじい試合だったと思います。


猪木について書かれているものは自伝を含め何冊か読んでいます。
やっぱりH.Tさんも既読されていたんですね。

[2009/02/18 20:31] URL | サチ #- [ 編集 ]


ヤンバルクイナさん。こんばんは!途中までは演出のつもりだったのかなあと想定できます。ルール変更もそれが関係している可能性高そうですね。

投げの定義って難しいですね。考えれば考えるほど突っ込み所、でてきそうですね笑。たぶん投げっていうのは、プロレス流の投げって意味なのかなあと勝手に思ってます。アリ戦の前に柔道メダリストのルスカと猪木は異種格闘技戦してます。その時、プロレス投げのバックドロップが決め技になってますから、それを警戒したのかなあ。

あの戦法は本能じゃないと・・・自分も思います笑。猪木は何を言っても許されます笑。

そうなんですよね!猪木はプロレスを認めてもらう方法を理解していたんですよね。現在も同じようなことが言えますね。現在にこんな選手がいたらいいなと思うことがありますよ。
[2009/02/19 20:13] URL | H.T #- [ 編集 ]


サチさん。こんばんは!はい。ちょっとした長編になってしまいました笑。やはり詳細に伝えたかったですね。猪木vsアリの凄い場面を。

これ30年前って考えると凄いですね!色褪せないですよね!

自伝読んでいましたか!さすがですねえ!自分猪木関係をいくらか読んでいます。でも、自伝を読んだのは最近ですよ。とても面白かったです!
[2009/02/19 20:16] URL | H.T #- [ 編集 ]

面白かった!!!
 昔はともかく、今の時代では「嘗てのカリスマの死」など地上波での特集などないと思ってましたが、テレ朝がやりましたね。内容もそれなりに面白かったし、「あの頃」を思い出しました。
 しかし、アリがパーキンソンになるとは思ってもいませんでした。因みに昔バイクの事故で入院した際に隣の患者さんがパーキンソンでしたが、付き添いの奥さんは大変そうでした。
 今でも思い出すのがアトランタオリンピックでの聖火ランナーの最後がアリだったのにはびっくりしました。ジャネット・エバンスから受け取った聖火を震えながら灯すシーンには涙が出そうでした。
 アリの試合で思い出すのは、若かりし頃、たまたま自宅で夕方の4時頃テレビを見てたらアリとスピンクスの試合が始まって、「あっ、タイトルマッチだ」と思って見てましたが、アリがスピンクスに滅多打ちされ、判定で負けてしまい、「ああ、これでアリの時代も終わった」と落ち込みました。でも半年後にニューオリンズのスーパードームで再戦が行われて、それでもアリはスピンクスに結構打たれまくってましたが、判定で辛うじて勝利・・・今でも思うけど、あれはスピンクスの勝ちですね(笑)。スピンクスでは客を呼べないという裏事情があったのかもしれません。
 猪木戦で印象深いのは、有料公開スパーリングで、猪木が木村健吾相手にエグい蹴り(ただし、背中に)とか関節技を疲労し、それを見たアリが発狂(笑)し、ルールを変えたという逸話です。もっと印象深いのは、試合最中に爪先に絆創膏を貼れって指示です。あんなの貼っても変わんないのにとガキだった私はテレビに文句言ってました。猪木も足の小指に罅が入っていたそうですが(本当か否かはともかく)、もし仮に勝っていたら藤原喜明が言うようにその場で殺されていたのか? 今も謎です。でも、あんな極限まで追い込んでモハメド・アリという世界のスーパースターを同じリングにあげたんだから、やっぱりあの頃の猪木は並みの男じゃないですね。
 1976年までの猪木は素晴らしい。本のタイトルみたいだけど(笑)。
[2016/07/09 03:18] URL | トヨノボリ #EBUSheBA [ 編集 ]


トヨノボリさん。こんにちは!アリの死は日本でも話題になりましたね。ここまで日本メディアが積極的に取り上げるとは思ってなかったです。アリvs猪木戦も取り上げられプロレスファンとしては嬉しかったりしました。その中でもテレビ朝日の番組良かったですね!

パーキンソンは難病指定なんですよね。本人はもちろんですが支える側も大変でしょうね。確かマサ斎藤もパーキンソンだったはずです。アトランタは感動しましたね。アリのアメリカでの価値の高さも感じれました。アリvsスピンクスは確かにそうかもしれないです。プロ興行で判定は色々な背景が関係しますし、言われるようにプロはお客さんを呼べてなんぼですからね。

試合前の公開スパーも興味深いですよね。アリ陣営はエキシビジョンのつまりで準備あまりしてなかったでしょうし、でも負けれないし、焦ったんでしょうね。爪先に絆創膏って確かに意味あるんですかね(笑)。猪木が勝っていたらどうなってたんでしょうね。アリ陣営の何でもやれ的な勢いをみると、殺しもあったかも(笑)。その辺も含めて試合だけでなく、それ以外の周囲が面白いのが猪木vsアリですよね。

ほんと言われる通り、アリと試合をした、実現させた猪木が凄いです。本のタイトルじゃないですけど(笑)、1976年の怖いものなしの猪木。素晴らしいです!
[2016/07/10 10:05] URL | H.T #- [ 編集 ]


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